憑依体質

K20D1172

「写真家はなぜ花を撮るのか」

Facebookでこの写真と一緒に上の言葉を載せたのだけど、そのリアクションがそれぞれで面白かった。

中でも、この花をいただいたboisの店主の言葉が印象的で真理を突いていたように思う。

言葉にならない情報量が多い事は理由のひとつではないかな、と思います。
写真と花はそういう相性の良さがありそう。

ある、ない。0か1では削ぎ落としてしまう言葉にならない微妙なもの。
静かに眼を凝らし、耳を傾け、花を聴く。言葉にならない、しかしとても大切なもの。
写真家はそれを捉え、撮る。

写真家が花を撮る行為は、イタコや陰陽師の様なものではないのかなと思っている。
自身が媒介者となって、言葉にならないけれど大切な情報を撮り、他の者に伝える。
写真家は写真に自分の意思や表現などを落とし込んでしまわないように注意し、
眼を凝らし、耳を傾け、捉え、現れたイメージを壊さないように育て、そして初めて自分の思考や身体を総動員して形にする。
写真家が花を撮っている時は、花に憑依されている。

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